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2023.09.25

隠れた難聴とその正体

「ウォークマン®︎SONY)」を始めとした携帯音楽プレーヤが普及したのが20世紀後半、そして21世紀に入ってからの「iPhone ®︎Apple)」の登場で一気にスマホが広がりこの30年で人はいつでもどこでも音楽と会話が楽しめるようになりました。ただ、このことは聞こえを司る聴器からすれば、音が長時間入ってきたり、強大な音に晒されたりと負荷が増えたことになります。特に近年、Bluetooth技術によるワイヤレスのイヤフォンの普及で若年者を中心にほぼ1日中、イヤフォンをつけているケースもあるようで、音響暴露によって難聴・耳鳴りを呈するいわゆる「スマホ難聴」が世界レベルで問題となっています。

「別に聞こえているし、ほっといてください」と若者にチクっと言われそうですが、強大音の長時間にわたる音響暴露が難聴や耳鳴を引き起こすことは既に明らかになっており、2018年にはWHOからも、若者11億人(世界の若者の約半数)が音響による聴力障害のリスクに晒されているとして緊急提言が出されております。この聴力障害は、従来の騒音性難聴(強大音により聞こえの感覚細胞がダメージを受けて難聴と耳鳴りが残ってしまう状態)だけを指すのではなく「大きい音を聞いて一時耳がおかしくなったがまた元に戻った」という状態も含まれております。後者のその状態は「Cochlea Synaptopathy」と呼ばれており、近年の研究からその病態は感覚細胞と神経繊維をつなぐ部分であるシナプスが障害されている状態であることが解明されております。

この「Cochlear Synaptopathy」ですが、厄介なのはこのシナプスの80%が障害されるまでは聴力検査(聞こえたらボタンを押す一般的な聴力検査)では異常を認めない点で、50%程度のシナプス障害では検査上は異常なしと流されてしまうところです。ゆえに難聴があるにも関わらず「難聴なし」とされてしまう難聴、いわゆる「hidden hearing loss(隠れ難聴)」の病態と言われているのですが、ここでいうシナプスの減少は詳細な聞き取りにも関与していることが分かっており、静かなところでの会話や聴力検査は問題ないが、雑音があると「言葉の聞き取り」が極端に悪くなるという訴えの背景にもこの「Cochlear Synaptopathy」があると言われております。また耳鳴りはこのシナプスの減少で生じ得ますので、「難聴を認めない耳鳴」としてもこの病態は注目されております。

加えて、一般的な難聴である「加齢による難聴」も「Cochlear Synaptopathy」同様なシナプス障害が主となって起こっていることが分かってきており、長年よる音響暴露の蓄積を経てシナプス障害が進んだ結果が加齢性難聴となることも言われております。事実、聴器の加齢性変化は既に20代よりゆっくり始まり、聴力検査で測り得ない高周波数領域より難聴が進んでいくと言われております。ただこの高周波数領域は日常生活音域ではないため、普段は難聴を意識しないわけですが、この状態も正確には「hidden hearing loss」となり、耳鳴り伴っている場合はやはり「難聴を認めない耳鳴」の一因となり得ます。

音響暴露の一つの目安ですが、WHOは大人で80dB,子供で75dBの音量を週40時間以上聴き続けると音響外傷のリスクがあると示しています。80dBの目安は地下鉄走行中の車内にいるときに感じる音量です。一旦失われた聴器の感覚細胞は元には戻りませんが、受傷直後であれば神経系の機能は休むことで回復することも事実ですので、休憩を入れ神経(シナプス)を回復させることも大切な予防です。耳鼻科の学会が掲げる標語の一つにHear well, Enjoy life.(快調で人生を楽しく)というのがあります。今後の人生のためにも、今ある聴力を大切にしましょう。

2023.01.20

聞こえと認知症の深い関係

「人生100年時代」・・半世紀前には考えられなかったような言葉が使われている現在、公衆衛生をはじめ医学の進歩の恩恵で人類は平均寿命を大きく伸ばしてきました。高齢期の健康状態を維持しようという概念のもと、WHO2000年に提唱した「健康寿命」という言葉も今やすっかり定着しております。この「健康寿命」とは平均寿命から認知症など継続する介護状態の期間を引いたもので、最近のデータで、平均寿命が男性約81歳女性約88歳(2021年)に対して、「健康寿命」は男性約73歳女性約75歳(2019年)となっております。

できれば認知症など介護が必要な状態にならないよう努めたいところですが、それでも寿命が伸びるに伴い認知症患者の数も増えてきており、国内において2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になると予測されております。こうみると加齢による認知症のリスクは避けて通れずと言ったところです。とはいえ出来るだけリスクを回避できるようにするのが医学の務めであり、有力医学誌においても近年「認知症のリスク因子」が報告されております。その報告からは、現時点で分かりうる危険因子が時期別(若年期・中年期・高年期)に考察されており、危険因子が高い順に「中年期の難聴」・「若年期の低教育」・「高年期の喫煙」・「高年期の社会的孤立」ならびに「高年期のうつ」となっております。この報告からは、関連性は一見薄いように思いますが、最大の危険因子は難聴ということになり、そのほかの報告からも同様に、難聴を放置することは認知機能の低下につながることや、その裏返しで、適切な難聴の治療が認知症の予防につながる可能性が言われております。さらに難聴になると他者とのコミュニケーションが取りづらくなり、認知症の危険因子である「社会的孤立」を引き起こし、それがまた「うつ」につながりさらに認知症になるリスクを上げると考えられております。

年齢による難聴(加齢性難聴)は遺伝的要素があり個人差はあるものの、聞こえを司る細胞は生まれた時から歳を重ねるごとにその数は低下の一途をたどるため、何らかの難聴は早ければ50代から始まり70代では約半数の人に現れると言われています。年齢には抗えないとはいえ、環境因子が難聴悪化に関係している事は古くから言われており、半世紀以上前のレポートですが、アフリカの無音静寂下に暮らす部族の聴力を調べた結果、年齢を重ねても難聴はほとんど進行していないとする報告があります。彼らの血圧もまた高齢に至っても上がらなかったようで、このことから、騒音や高血圧を放置することで起こる動脈硬化などが加齢性難聴の悪化に関連していると言われております。近年ではもう少しミクロのレベルで解析され、騒音による「酸化ストレス」や動脈硬化による「微小血流障害」が耳の奥にある聴覚を司る細胞を傷つけていくことで難聴が進行していくという説が有力です。

いかんせん、年齢による変化で一旦機能を失った聴覚細胞は元に戻らないのが現状です。その聴力を改善する方法は、より重度であれば人工内耳などの手術もありますが通常は集音器や補聴器ということになります。近年は集音器の質も向上しており、一般家電量販店で入手可能で試す価値は十分にありますが、より高度なものとなるとやはり補聴器となります。補聴器は個々に合わせて作成するためより高い技術を要しますので、補聴器作成は認定補聴器技能者のもとで作成することを推奨します。当院でも専用の補聴器外来を設けており、認定補聴器技能者のもとでの補聴器作成とアフターケアを行なっております。また認定補聴器技能者のいる補聴器販売施設への紹介もしておりますで、補聴器を作りたいと思われる方は一度ご相談ください。

2022.05.25

耳の不調と睡眠

コロナパンデミックの中、ライフスタイルも変化し屋内時間が増えるなどして生活のリズムが変わった方も多くおられると思います。生活リズムが変わり在宅ワークが増えるなどすると遅寝遅起きの習慣から睡眠のリズムも変化し、それによる体調不良などを訴える方も日常診療の中で少なくない印象です。

耳鼻科領域での体調不良の一つにめまい・ふらつきがあり、特に平衡機能障害と睡眠の不調の関係は近年注目を集めております。というのも耳鼻科受診しためまい患者さんの60%以上が何らかの睡眠障害を持っているとの報告もあり、睡眠が平衡機能の維持にいかに深く関与しているかが伺えます。事実、脳幹にある睡眠と覚醒を司っている部位には耳の平衡を司る三半規管からの神経信号が入っていることが分かっており、「平衡の不調」が「睡眠の不調」に繋がる可能性が指摘されています。具体的には、三半規管のめまい疾患の有名な一つ、メニエール病を患っている患者さんを睡眠検査したところ、正常の方と比べて深い睡眠(いわゆる熟睡)が欠落していることが分かっており、その可能性を裏付けるデータとなっております。逆に、「睡眠の不調」が「平衡の不調」をきたすこともあり、具体的には、睡眠障害の一種である睡眠時無呼吸症候群の診断を受けた患者さんが、慢性的な低酸素状態が続くことで中枢(脳)の不調や末梢(三半規管)の不調をきたし平衡機能の障害を伴うことも近年開発された精細なめまい検査の解析から判明してきております。

もう一つ、耳鼻科外来でよく遭遇する睡眠障害関連疾患に耳鳴りがあります。概ねの訴えは「耳鳴りのせいで眠れない・・」というものですが、耳鳴りはその原因が中耳炎など治療可能な病気によっては消失させることも可能ですが、多くは神経レベルの難聴など根本治療が困難な疾患が背景にありますので完全消失は困難です。それゆえに付き合っていく、鳴っているけど気にならなくしていくという考え方が大事なのですが、睡眠障害があるとそもそもその考え方に達することが困難となります。正解は、「耳鳴りのせいで眠れない」のではなく、「眠れないので耳鳴りが大きくなる」となりますので、まずは不眠治療に専念すると言うことになります。

睡眠障害の治療ですが、現在はその専門である日本睡眠学会から一定の治療基準も示されております。2013年の国際基準で睡眠障害の原因は大きく7つに分類(原発性不眠症・睡眠呼吸障害・概日リズム調節障害・むずむず足症候群・睡眠時随伴症・過眠症・睡眠衛生不良)されており、治療の第一は睡眠薬の使用ではなく、その原因をしっかり見据えた上での睡眠衛生指導といういわゆる生活指導的な治療となっています。投薬が必要な場合も第一選択は非ベンゾジアゼピン系という、従来日本で大量に使用されてきたベンゾジアゼピン系ではない投薬となります。この背景には、いまだ日本で多く処方されているベンゾジアゼピン系睡眠剤の依存性の問題や体内時計を狂わす懸念や認知症リスクを高める懸念があるものと考えられます。近年は、従来の睡眠剤とは異なる「自然な眠りを誘導する睡眠剤」も出てきており、治療薬の幅も増えてきておりますので、睡眠剤の適正かつより計画的な使用により睡眠障害が改善されることが示されております。

睡眠障害はその影響が全身に及びます。耳鼻科領域においても、特にめまい・耳鳴と睡眠障害が併存しているケースでは睡眠障害の鑑別は治療方針の要ですので、睡眠障害を専門とする医師との連携のもと適切な治療を行うことが症状改善に繋がると考えております。

2022.01.20

閉じない耳管、開かない耳管

『未知の臓器が喉の奥から発見!』とネットニュースにもなりましたが、2020年にオランダのがん研究施設のチームが喉の奥ではなく鼻の奥の耳管という耳と鼻を繋ぐ管の周囲に新たな分泌腺(唾液腺?)が存在していると発表しました。今までの解剖学の教科書にも記載されていない知見であり、鼻の奥の湿潤や嚥下に関わっているのではと推測され、さらには耳管機能障害などの病態にも関わっている可能性もあるとのことです。

耳管機能障害とは鼓膜の奥の中耳の圧交換を担っている耳管がうまく働かず、中耳の圧を一定に保てない状況に陥ることです。通常耳管は閉じており嚥下(飲み込む)時に開き圧交換が行われるのですが、うまく働かない病態として嚥下時に開きにくくなっている状態(耳管狭窄症)ないしずっと開いたままで閉じない状態(耳管開放症)が挙げられます。耳管狭窄症の原因は鼻の奥に腫瘍や顕著な後鼻漏(鼻の奥への鼻汁の垂れ込み)・炎症が存在することで、具体的にはアデノイドという鼻の奥の扁桃組織や副鼻腔炎・アレルギーによる慢性炎症によるところが大きく、アデノイド切除や内服による消炎で治癒することが見込めます。それに対して耳管開放症はその原因が耳管周囲の脂肪減少や血流低下によるところが大きいとされ、体重減少や妊娠に伴って発症しやすいと言われています。加えて、耳管開放が重度だとなかなか戻りにくく、完治に至りにくい病気です。

加えて耳管開放症は、完治しにくいがゆえに症状などの持続によって二次被害をもたらしてしまいます。その一つは「自声響音」といって自身の声が耳管開放のある側の耳に響いてしまう状態で、この症状が持続すると喋る度に声が響くために喋りづらくなり、重度の場合は会話がつらくなり引きこもりや鬱へと繋がる可能性もあります。他に、症状ではないのですが耳管開放症の方に多く見られる「鼻すすりの習癖」というのも二次被害をもたらします。鼻をすすることで耳管は閉じる状態に向かうため、耳管開放症の方はよく無意識に鼻すすりを行ってしまいます。鼻をすする行為は中耳の圧を陰圧にする(圧を抜いてしまう)行為になりますので、継続的な鼻すすりは中耳の慢性的な陰圧状態を生んでしまいます。この状態が続けば鼓膜が凹んだり癒着したりする中耳炎(癒着性中耳炎や真珠腫性中耳炎)となり、手術以外では治癒しない病態を作ってしまいます。

このような厄介な耳管開放症ですが、全く治療法がないわけではありません。内服で耳管周囲の血流を増やして耳管粘膜を膨張させる方法、鼓膜にチューブ留置を行い中耳の圧を抜くことで鼓膜の凹みを避けたり自身の声の反響を和らげる方法などがあります。ただ、これらの方法でも約5割の人にしか治療効果はないという現状であり、まだまだ完治困難な病気ですが、新たな治療法の開発も期待されております。最近では「耳管ピン」というシリコン性のピンを鼓膜経由で開放耳管に挿入することで、症状を緩和させる手術加療が国内で保険適応になっております。適応は重症耳管開放症の方ですが、従来の治療で効果の薄い方の一助となることが期待されています。

適切な治療を行うにはまずは正確な耳管機能障害の診断が必要です。耳管機能検査機器は当院でも導入しており、より正確な耳管機能の評価を行っておりますので、耳管機能障害かもと思われる方は一度ご相談ください。

2020.09.10

耳鳴(じめい)の理

人は太古の昔より耳鳴りに悩まされており、最古の記載は紀元前1500年頃のパピルスに書かれた古代エジプトの医書に見られるとも言われております。当時は耳鳴りを有する耳は「魔女に取り憑かれた耳」とも言われており、葦の茎を用いて直接耳の中に樹液・樹脂・ハーブなどを混ぜた特性オイルを注入して治療されていたようです(かなり痛そうです・・)。またラテン語の繰り返す音を意味する「tinnire」が現在の耳鳴り(tinnitus)の語源という説もあるように、いかに人類がこの繰り返す耳の中で鳴る音に悩まされてきたかということですが、現在に至っても耳鳴りを完全に消すことは難しく、「耳鳴りの治療薬を開発したらノーベル賞クラス」と言われるほど多くの人々はこの耳鳴りに苦しんでおられます。

腫瘍や炎症などのケースを除いて多くの耳鳴りは難聴を伴っており、鼓膜の奥の内耳という場所に存在する音受容器や脳の聴覚を処理する聴覚野において、その刺激が無くなることで耳鳴りは起こると言われています。一般的に、年齢による難聴の進行や騒音による難聴は内耳の音受容器の細胞が変性・消失することよって起こりますが、内耳で障害が起こると当然脳にも刺激が届かなくなるわけで、その際に刺激を失った脳の聴覚野にある神経細胞が刺激を求めて非聴覚野へ神経が伸びていくことが耳鳴りと深く関係していることが最近の研究で分かってきております。

このメカニズムを逆にとれば、脳の聴覚領域に入ってこなくなった音刺激を、再度入れてあげれば、脳の神経細胞は刺激を求めて非聴覚野へ神経を伸ばさないようになるというわけです。事実、補聴器やTRTTinnitus Retraining Therapy:特定の音のみを与え続けることに特化した耳鳴り順応療法)、さらには人工内耳といった失われた音を取り戻す人工聴器など耳に音を入れる状況が、耳鳴りを軽減したという報告が多数あります。米国の耳鼻咽喉科学会が長年の耳鳴り治療の莫大なデータをまとめ、2014年に治療に対する一定の評価を示しており、そこでも難聴を伴う耳鳴りに対しては補聴器は推奨治療として、TRTを含む音を入れる「音響療法」は一定の効果のある治療として評価されております。補聴器や「音響療法」の他には精神・心療内科領域の治療であるカウンセリングや耳鳴りへの注意をそらすトレーニングを含む「認知行動療法」も推奨治療とされており、「生活に支障が出る状況」を「生活に支障が出ない状況」にするという意味でも効果は高いとされております。

その他の治療、いわゆる内服を含む薬物療法やマッサージなどは残念ながら科学的根拠に乏しい耳鳴りの治療ということになります。ただ実際には、それらが効いたという方も少ないながらもおられますので一概に無効とは言えないのですが、近年の研究でそれらのメカニズムもだんだん明らかになってきています。一例を挙げれば、難聴を伴わない耳鳴りの一つに体性耳鳴(皮膚感覚並びに顎関節や首の筋肉の感覚といった体性感覚の不調による耳鳴り)と呼ばれるものがあり、脳幹(脳の中枢)にある体性感覚のコントロールセンターと聴覚の伝導を中継する部分との間で新たな神経の伸長が出来上がってしまうことで、耳鳴りが発生するメカニズムが言われてきております。こういうケースでは顎関節や頸部のマッサージで体性感覚のコントロールセンターに刺激を与えることが耳鳴りの抑制に有効であるという報告も上がってきており、マッサージも病態によっては有効といえる可能性を示しております。 

2019.09.08

突発性難聴とステロイド治療

「朝起きたら突然の耳鳴りや耳の違和感を覚える。そのうち治るだろうとそのまま様子を見ていたが治らない。」これは一般的によく見る突発性難聴の患者さんのエピソードです。めまいを伴わないために日常生活が進まないほどの支障が無く、来院が遅れがちになりますが、最近はインターネットやSNSでご自身や周囲の方が比較的早く調べて情報を得るので一昔前ほど手遅れという状況は少なくなってきている印象です。

手遅れって?ということですが、治療開始の時期は早いに越したことはなく、1週間以内とくに48時間以内が望ましいと言われております。原因不明とされている突発性難聴ですが、ウィルス感染・循環障害・免疫異常の混在により聞こえ(の振動)を感知する感覚細胞に障害が生じて起こると言われております。この聞こえを感知する感覚細胞は生まれた時から数が決まっており、困ったことに一度その機能を失うと再生しません、ですのでその機能を失う前に少しでも早く治療をというのがこの病気の治療の難しいところです。

突発性難聴の治療においては炎症や免疫を抑える作用のあるステロイド治療が広く行われてきております。原因不明なのに?と思われるでしょうが、これは難聴も合併する免疫関係の全身の病気(自己免疫疾患)で治療の一環としてステロイド治療を行なった時に難聴も同時に改善したことに由来します。それ以降わが国では突発性難聴を含む原因不明の難聴には経験的にステロイド治療がよく行われておりますが、近年の研究からこの病態の解明も進みつつあり、ステロイド治療がいかに分子・遺伝子レベルで繊細な聞こえを感知する細胞を保護するか、機能を取り戻すことに役立っているかが明らかになってきておりこの治療の有効性を後押しするものとなっております。

ステロイド治療と聞くと、特に年配の方々は副作用を心配される方も多い印象を持ちます。乱用による副作用が多く出た時代のイメージかと思いますが、現在はゴールを決めて短期間で使用することで副作用を出さないように使用するというのが一般的です。特に突発性難聴の治療でのステロイド使用は通常は1週間程度という非常に短期間での使用であり、安全性の面では概ね問題ないとされております。ただ、血糖をあげる作用が強く出ますので重度の糖尿病の方は、ステロイド使用期間中はインシュリンによる血糖コントロールをしなければならず、入院加療が必要ということになります。

外来通院でのステロイド治療は飲み薬か点滴かを重症度等も考え患者さんと相談して決めていきますが、どうしても全身ステロイド治療に抵抗があるという方には鼓室内注入という選択肢もあります。鼓膜の奥の中耳という空間にステロイドを満たし、さらにその奥の繊細な感覚細胞がある内耳にステロイドを浸透させるというやり方ですが、最近の報告では全身投与と同等の効果も認めており、ステロイドが全身に及ぼす影響はほぼありません。鼓室内注入は当クリニックでも外来で行っており、注入後は10-20分間横になったのちに帰宅となります。いずれにせよ突発性難聴の治療にはゴールデンタイムがあり、感覚細胞が細胞死に至ってしまうとその機能を取り戻すことは難しくなってしまいます。耳の異変に気付いた時は早めの受診を。

2019.06.25

耳鼻科と繰り返す頭痛

梅雨の時期に入ってきて気圧が不安定な季節を迎えることになりました。これも四季の移り変わりの一環として「もののあはれ」と感じることができればいいのですが、この時期に耳鼻科では頭痛を訴える患者さんが増える印象を受けます。耳鼻科的な頭痛としては副鼻腔炎や中耳炎に伴うものが多く知られておりますが、そういった炎症を起こす病気もなく、脳神経がやられている症状もない場合はよく片頭痛・筋緊張性頭痛という病名で鎮痛薬等が出されるというケースは少なくありません。

近年、このような気圧の変化に伴う一連の頭痛やだるさ等、自律神経失調のような症状を示す病気を気象病という概念で捉えられつつあります。その原因は耳の奥の内耳といわれるリンパ液で満たされている場所にある圧を感知するセンサーが問題であると言われておりますが、詳細なメカニズムはまだ分かっておりません。実は耳鼻科でも同じような内耳の病気でメニエール病というのがあり、内耳内のリンパ圧が上がることで内耳内に存在する聞こえを感知する細胞や平衡を感知する細胞が圧によるダメージを受けるために、難聴(耳がつまった感じ)や耳鳴りならびにめまいといった症状が出る病態です。メニエール病は、その病気が提唱されてから150年以上経ちますが未だにその詳しい原因は不明です。ただ国内外の多くの研究者の努力のもと、ストレスがかかる時に発せられるホルモン(ストレスホルモンの一種で抗利尿ホルモン)により体内で水分が貯まる傾向になり、結果的に内リンパの水ぶくれ(水腫)をきたしてしまうということは分かってきております。体内での水の代謝を促すために積極的な水分摂取が効を奏することも言われており(正確には水分摂取により抗利尿ホルモンが出なくなり、結果的に内耳の水ぶくれが引いていく)、利尿剤と並ぶ効果的な治療と考えております。

このメニエール病といわゆる気象病との関連性については、重なる共通点も多いことから共通の病態がある可能性もあります。さらにメニエール病と同じような病態を示す片頭痛の病気もあり、前庭性片頭痛として名前も存在し診断するための基準もできています。最近の海外からの報告ではメニエール病の方の4割に前庭性片頭痛の合併の報告も上がってきております。繰り返す頭痛の裏に内耳の水ぶくれが隠れている可能性もありますが、逆に内耳の水ぶくれと頭痛の関連性が明らかになれば、内耳の病気をコントロールすることで頭痛のコントロールができる可能性もあり、今後の知見の結果が待たれるところです。

2019.04.17

子供の滲出性中耳炎

あっという間に開院1ヶ月が過ぎました、花粉症の時期も重なり余裕がない局面があったかと思いますが、どうかご容赦いただければと思います。また、初めましての方が多いのですが大病院勤務医時代の患者様でわざわざ当クリニックまで足を運んでいただいている方も多く、本当にご不便をかけております。精一杯、最適の治療をもって対応させていただきますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

子供さんも多く、意外に耳鼻科恐怖症のお子さんも多い印象を受けておりますが、勤務医時代から僕は無理やり複数人の大人で押さえつけての診察は可能な限り避けております。中には此処一番押さえなければならない局面もありますが、子供は子供なりに耳鼻科治療が怖くなくまた大して痛くない(全く痛くないとは言いませんが・・・)ものであることが理解できれば必ず診察させてくれるものだと信じてやってまいりました。その延長が、多くのお子様に対して鼓膜切開や鼓膜チューブ留置を外来診察室で行ってきたことに繋がっているのだと思っております(残念ながら全員ではないですが・・ただ3.4歳以上であればしっかり説明してあげ、安心させてあげることが大事だと思っております)。特に滲出性中耳炎は長引くことで慢性中耳炎や真珠腫性中耳炎といった難聴が生涯残ってしまう可能性が高い病態へと進展していきますので、長引く時は鼓膜チューブ留置のタイミングが重要です。近年わが国でもガイドラインが作成されて、滲出性中耳炎治療の均一化がなされてきております。できれば鼓膜チューブ留置に至る前に治したいところですが、そのためには薬による鼻治療の継続とポリッツェル球というゴム製の器具を用いて鼻から耳に空気を送るいわゆる通気治療が従来から良いとされてきております。子供の通気治療は効果を得るには頻回な通院を要しますが、当院では忙しい親御さんのために「オトベント Otovent®」というデンマーク発祥の滲出性中耳炎・航空性中耳炎用の(医療用)鼻風船システムを導入しており、自宅メインでの治療も可能としております。もちろん滲出性中耳炎を繰り返す場合や治療しているにも関わらず病態が悪化し聞こえが悪くなっていく背景にはアデノイドといって鼻の奥の扁桃組織が肥大している可能性もございます。そのような時は耳管処置ではいくら通院しても治りませんので、状況に応じては総合病院耳鼻咽喉科に紹介し、全身麻酔下でアデノイド切除と鼓膜チューブ留置を同時に行うことを勧めさせてもらいます。

 

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